2018年05月02日

永い間ご愛読いただきありがとうごさいました

 2008年4月に創刊号を発行して早くも十年が過ぎました。創刊当時は文京区民センターで「終活セミナー」をスタートしたばかりで、自分たちの立ち位置が定まらない状況下で戸惑うことばかりでした。
 「頑張れよ〜!」「お疲れさまですね」とたくさんの方々に声をかけていただき、読者の皆さまの応援の言葉が、やがて文字となってお便りをいただくようになりました。
 私たちの周囲には、些細な優しさや出来事に、やがて、様々な物にも神仏が宿るかのような意識を持って受け止めておられるお便りで溢れるようになりました。
 感動的なお便りを下さった方々や永きに亘ってご愛読いただきました皆さまに深く感謝申し上げ、暫しの休刊をお知らせいたします。通算1021通のありがとうに感謝いたします。
 (ありがとう不動産・社員一同)
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2018年04月25日

佐藤愛子さんにありがとう

 ベストセラーの佐藤愛子著「九十歳、何がめでたい」を読んだ。こんなに長く生きればすごいし、めでたいと思うが然ならず、日本人総アホの時代と嘆いている。
 スマホはカメラの役、計算機にもなる。電話は勿論、時計にも使える。時刻を調べたり、天気予報もわかり、懐中電灯にもなりビデオも見られる。スマホを持たない私はすごいの連発、お利口さんなんだと感心。ガラケーって何だろうと思い、若者に聞いてみるとコンパクトに折りたためる少し前のデザインのスマホのこと。なーんだ、そうなんだ。
 著者は長生きすることは面倒くさいこと。耳も目も悪い。膝から下は力が抜けてよろめく。脳ミソも減ってきて歯も抜ける。ついに観念する時が来たか。成り行きに任せるしかないか。もの言わぬ婆アとなるか。
 私は若い時はこんなことは考えなかった。だが、70代後半になり、著者のいうことがよくわかり、自分のことを受け止める。人間はいくつになっても「のんびりしょう」なんて考えてはダメ。身体の部位にガタがきても動ける部品は動かそう。
 この本を読んでいろいろと考えた。こんな機会を与えてくれた著者の佐藤愛子さんにありがとう。
(目黒区/H・O)
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2018年01月15日

「能楽堂リレー公演」にありがとう

  昨年から始まった、この「リレー能」(略称)の試みは、観世、宝生といった流派の枠を越え、それぞれが同一演目を毎週木曜日の夜に水道橋、青山、矢来にあるそれぞれの能楽堂で順次3日間上演するという画期的な試みである。
 昨年は「葵上」今年は「黒塚」(流派によっては「安達ヶ原」)であった。全国に70もあるという能楽堂の有効活用と能楽愛好家人口の拡大、加えて外国人観光客や初めて能を見るという人にむけての日本の伝統文化紹介を主な目的としている。
 はじめに30分解説と謡曲のさわりを謡い、やがてお能が始まる。イヤホンガイドや眼鏡式の解説機器も導入しての開演である。私は英語解説を片方で聞きながら鑑賞した。程よい解説で邪魔にはならなかった。後で主催者の先生に聞くと、事前に動きと解説を合わせる工夫をし、当日は動きに合わせて解説を流すように機器担当者を訓練したとのこと、ご苦労な話である。
 お能を一番演ずるだけでも大変なことなのにと胸の熱くなる思いがした。垣根は低くなってきている。かくなる上は一人でも多くの方に親しみを持って観に来て頂くことである。
(品川区/A・N)
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2017年12月29日

花田景子さんのお話にありがとう

 暮れに人権週間があり講演を聞きに行った。講師は貴乃花部屋の女将花田景子さん。貴ノ岩が暴行を受けた問題で、今、貴乃花部屋は激震が走っている。景子さんはそれには触れず、演題「人を育てる、支える〜相撲に見る日本人の心〜」をテーマに若いお相撲さんの話が主でした。
 お相撲さんの朝は早い。土俵をきれいにしたり、ちゃんこを作ったり、それぞれ役割分担し、一日がスタートする。序の口、幕下、十両、幕内、三役、みんな階級毎に役割が決められ、親方は力士にとっては雲の上の存在。
 ある時、稽古を積んでもなかなか上の階級に行けずやめたいという若い相撲取りがいた。親方には言えず、女将の景子さんにそっと言ってきた。景子さんはまだ若いし上を目指しても番付が上がらないのであれば、やめるのも選択肢の一つと思い親方に言うと、そんなことくらいでやめるのはダメだと現下に叱られてしまった。
 そこで景子さんはこれなら自分はできると思うものを探させた。するとゴミ出しならできると返事をするので、それならやってみようということになった。相撲部屋のゴミは大量で、生ゴミだけでもすごい量。決められた日はきちんと仕分けして出さなければならない。続くかどうか心配だったが、自分で決めたことだから必ずやり通してと叱咤激励。
 三日、十日、一ヶ月と続け、とうとう三ヶ月が過ぎる頃、景子さんにもう相撲をやめると言わなくなった。もしゴミ出しをやめたら、他の人が大変だから自分がやると言ってきた。
 人を育てるということは誉めてやり、自分の居場所を見つけさせること。その若いお相撲さんはもうやめると言わなくなり、稽古に励むようになった。摺り足、鉄砲、蹲踞(そんきょ)、股割り、相撲の基本を根気よく続けている。
 その若いお相撲さんは、将来、子どもたちのあこがれの力士になって、皆を楽しませてほしいと私は切に思った。
(目黒区/H・O)
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2017年11月30日

「乾通り」の一般公開にありがとうございました

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 一年半ぶりに秋の一般公開があると新聞報道があってから、その日が来るのを心待ちにしていた。
 数年前の春に一度その見事な桜並木を見てからというもの、ここはやはり特別な所という気がしていたからだ。しかも都内に住んでいるのだ、シルバーパスを使えば都営浅草線日比谷駅まで無料、何と有り難いこと!同じ行くなら初日にと決めていた。
 幸いにも穏やかな初冬の好天の朝、出発時刻は10時とやや遅めだったが、これが幸いしてか、馬場先門交差点で長い信号待ちをしていたら、警備員さんがそっと「もうすぐここを天皇、皇后両陛下の車が通りますよ。ここでお待ちなさい」というではないか。「えっ本当に?」と、思わず問い返してまった私。
 ややあって言葉通りに黒の先導車に続いてお二人のお車が近づいて来てゆっくり私の目の前で左折した。この警官は何時もここでお見送りしているのか両陛下も有り難うと言う感じでニッコリ会釈されていた。ほんの一瞬の出来事、私には千載一遇の機会でもあった。
 その後の乾門までの「紅葉狩」が今年見た中で最も鮮やかで美しく見えたことは言うまでもない。石垣とのコントラストが何とも言えない。
 12月2日、退位の日が正式決定した翌日の事でもあった。初日だけで1万3190人もの人が来場。きっと一人ひとりの、不遜ではあるが「お疲れさま、ありがとうございます、両陛下」の気持ちの表れに違いない。
(品川区/A・N)

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2017年09月11日

「ありがとう」の言葉にありがとう

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 「リレーフォーライフ」という活動をご存知でしょうか?
 がん患者さんやそのご家族を支援し、地域全体でがんと向き合い、がん征圧を目指すチャリティ活動です。今から30年ほど前にアメリカの医師によって始められました。今では全世界30ヶ国、6,000ヶ所で開催されているそうです。日本では49ヶ所ほぼ全国で開催されいます。
 「がん患者は24時間、がんと向き合っている」という想いを共有し支援するため、開会してから24時間を掛けて会場内のトラックを回り続けます。各チームが思い思いのチーム旗を持ち寄り、24時間途切らすこと無く歩き続けて支援の気持ちを表現します。
 がん患者さん(サバイバー)やご家族をがんで亡くされた方々も一緒に周回するため、色々なお話を伺うことが出来ます。がんを患ってからの気持ちの移り変わりであったり、治療の経過で感じる不安を伺っていて「何か気が利いたことを言わなくては!」と思うのですが、どんな言葉を並べても安っぽく感じてしまい、相槌をうつことしか出来ません。
 ご家族をがんで亡くされた方々に対しても、辛い気持ちに共感することは出来ても「理解までは出来ていないんだろうなぁ」と実感してしまいます。
 なので、うなづきながら聞くことしか出来ないので「これ以上はどうしたら良いんだろう」と思っていると「話を聞いてくれるだけで、共感してくれるだけで気持ちが落ち着く。ありがとう」と声を掛けてくださいます。その一言でとても救われた気持ちになり、僕からも「ありがとう」と伝えます。
 昼間は暑く、夜は気温が下がり寒いくらいですが、皆さんも是非お近くの会場に足を運んでみてください。
(山武市/鵜川和宏さん)

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2017年06月12日

田中角栄の本にありがとう

 田中角栄の本を読んだ。娘の眞紀子さんの著。今から二十数年前に脳梗塞で(75才)亡くなったが、総理大臣になった時、今太閤と言われた人。学歴は高等小学校卒。並みいる東大卒の議員をしりめに、日本の将来を担った人。私は当時すごい人が総理大臣になったと驚いた。一度決断したことは必ず実現させる。稀にみる、強い意志の持ち主。頭の回転の速さはずば抜けていた。コンピューター付ブルドーザーともいわれ、集中力、直観力にも長けていた。また、日本列島改造に力を注いでいた。郵政大臣、党幹事長、党政調会長、大蔵大臣、通商産業大臣、内閣総理大臣を歴任。
 なぜ、今、角栄か。日本の政治は混沌としている。角栄がいたら、総理ならと、万人が望むところ。また、日中国交回復、正常化に尽力したことは国民の大多数が知っている。人間的魅力が中国側にも伝わった。その記念に初めて、パンダのランラン、カンカンがやってきた。めずらしいパンダに上野動物園の入園者が急増した。今年、シンシンがパンダの赤ちゃんを産み、未公開だが、上野は賑わっている。メスの赤ちゃんで、成長が待たれている。
 角栄の銅像が、上越新幹線浦佐駅前に立っている。生前、「くだらんことだ。人の評価は、時と共に変化する。後の世に名を残したいと考えること自体がつまらんことだ!」本人の言う通り、生前には銅像は立たなかったが、地元新潟県の信頼は絶大だった。晩年は、ロッキード事件や病との戦いで、平穏に過ごせなかったが、角栄の名はどんな時代になっても語り継がれていく、胸の高鳴りと共に本を読んだ。
 田中角栄に感謝。
(目黒区/H・O)
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2017年06月05日

ローマ、バチカンにありがとう

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 つい先頃、ローマとバチカンに行く機会があった。私にとっては36年ぶりのイタリアである。同行者を募ったが知り合いの中では生憎といなかった。皆同じ頃にパリだの南イタリアだのフレンツェ等に行く予定があるという。
 仕方がないのでひとりでネットでホテルとフライトを予約、ついでにバチカン博物館も、迎えのタクシーも傷害保険も予約(随分と便利な時代になったものである)。あちらでは2日間に亘って宝生流の「翁」と幻の能「復活のキリスト」と金剛流の「羽衣」を観賞した。
 バチカンと日本の国交樹立75周年を記念しての勧進能で日本からは100人程がそれぞれにグループで参加。会場はカンチェッレリア宮殿という普段は非公開の宮殿で300人程が入る大きな広間。まわりは美しいフレスコ画で飾られておりこの上なく重々しい雰囲気。そこでの一時は、能楽堂での厳粛な一時にも相通じ、些かの違和感もなかった。それは日本の伝統文化・芸能の代表とも言える能楽のもつ力だと思われた。本当に夢のような一時であった。
 また私は常々在住者のように過ごしたいとも願っていたので、今回も地下鉄やバスに乗って、限られた滞在期間ではあったが、地図を頼りに街を散策し、博物館もコロツセオもサンピエトロ広場もボルゲーゼ公園も好きなだけみることができた。
 そして、一人旅の楽しさを味わい 自信も身につけて、無事帰国した。将にありがとうローマ、バチカンである。そして何より宝生流ご宗家はじめ関係者の皆様に感謝したい。
(品川区/A・N)
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2017年04月24日

同窓会にありがとう

 昨年の春、いつものようにバスに乗った。すると向かい席から声をかけてきた男性がいた。「○○先生?ぼく、△△です。覚えてますか?」名前を聞いた途端、私は飛び上がらんばかりに驚いた。
 私が初めで最後の卒業学年を担任した時のあの△△君である。子供時代の面影はそのまま残っているが、今や立派な中年男性。向こうから声をかけてくれなかったら、おそらくは気づかなかったであろう。(希望して担任したが、色々と私を悩ませたクラス。いじめあり、暴力あり、学級崩壊寸前までいった、忘れられないクラスでもあった)
 それから私の降りる停留所までの10分間程、車内に他の乗客がいるのも忘れて昔話に花が咲いた。停留所が近づき、別れ際に携帯番号を教えあう。後でメールをするとのこと、便利な時代になったものとつくづく思う。
 帰宅後、程なくしてメールが入った。「私学、公立と中学は別々になったけど、公立組は他の組の者とも仲良しになって、今では1・2・3・4組一緒に、男子組は時々会って飲み会やってるよ」「でも、皆それぞれ進路も異なり、仕事の関係で夜間、休日が逆に忙しい者もいてなかなか会えないんだ」そして「近いうちにみんなで同窓会をやりましょう」と。
 それから数ケ月後、ついに実現。しかし、女子組は皆子育て中であり、なかなか同窓会にも参加できない。また遠方在住者は来れないということが分かり、「ならば2部制でやりましょう。即ち午後の部、夜の部という具合に…」と提案。近くの区民集会所を借り、当日は、まず子連れ同窓会から始まった。
 午後のおやつタイム、おしゃべり中心の会。男女16名程。そして、夜の部は美味しい中華で飲み会。こちらも男女20名程と。皆、其々に思い思いの楽しいひとときを過ごした。
 最後に一言と挨拶を頼まれた。「みんなに逢えて本当に嬉しかった。私は今はおひとり様だから孤独死が心配ですよ、だから皆さんはまだ若いのだから、できればいい連れ合いを見つけなさいね…」といったら、帰り際、やんちゃ坊主だったH君が名刺をくれて「何かあったら連絡していいよ」と。楽しいことは勿論の事、心がほっこりする同窓会でもあった。ありがとう心優しいみんな。
(品川区/A・N)

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2017年03月30日

新横綱「稀勢の里」関にありがとう

 春場所は新横綱「稀勢の里」関の鮮烈デビューの場所となった。何せ19年ぶりの日本人横綱。15歳からこの道一筋で、休んだのはたった一日、大きな怪我もせず黙々と相撲だけを取り続けてきた力士。「勝手に稀勢の里を横綱にする会」というのまでできて、その日が待たれていた力士。これまで新横綱がデビュー戦で優勝したのは、白鳳、隆の里(師匠)、貴乃花のたった三人。そこに彼も名を連ねることができるかどうか…
 開幕以来の星取りに日本中が一喜一憂した。13日目。それまで12勝全勝で独走していた稀勢の里が、日馬富士に負けて●。その瞬間、日本中から大きな悲鳴が聞こえた。なぜなら、押し倒されたはずみ場外に巨体をもんぞり擲って客席に倒れ込み、自分の身体の重みで、左肩を痛めてしまったからである。起き上がろうにも顔をしかめすぐには起き上がれず…顔も歪んで本当に痛そうであった。この瞬間、「ああ、これでもう優勝は潰えたな」と思ったのは私だけではあるまい。それが、それがである…
 確かに翌14日の鶴竜戦はすぐ負けてしまったが、千秋楽の「照ノ富士」戦では突き落としで2敗同士星をならべ、なんと「優勝決定戦」では小手投げで見事優勝杯を手にすることに。「自分の力以上のものが出てそれで勝つことができた」と。目に見えない土俵の神様に微笑んでもらった申し子の誕生。記憶に残る名舞台、今後の更なる活躍が楽しみであるし、相撲女子も更に増え、茨城アンテナショップも賑わう事だろう。私も早速行ってみようと思う。
(品川区/A・N)
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