2012年11月28日

新聞屋さんにありがとう

 一体、どうしたのだろう?朝刊が来ないのである。もう二度も郵便受けを見に行ったのに…。
 もしや、忘れているのではないかと思い、販売店に電話しようとして気が付いた。この日は、休刊日だったことに───。
 会社を定年で退職した後、怠惰な日を送る身には、朝食後、ソファーに凭れてゆっくりと、朝刊を読むことが至福の時なのである。昨今では、新聞、雑誌類がやがては、デジタル版に移行するのでは等と、喧しいが果たしてそうだろうか。
 紙面を広げた時の、インクの仄かな香りが心を癒すほかに、必要と思われる記事は切り抜き、ファイルしたものが、後に随分と役立っている。
 日本の新聞配達制度は、諸外国から見てもかなり優れているそうで、これも勤勉な皆さんあってのことである。
 年間を通じて気象が安定するのは、極わずかである。暑い日や寒い日、雨や風の強い日など、多くの困難をこえて、各家庭まで届けてくれる、配達員の皆さんには感謝以外のなにものでもない。
 そんな皆さんに今朝は、己のボケを棚に上げて、休刊日のことを忘れ販売店に苦情の電話をしようとした事を、心からお詫びします。
 新聞屋さん何時も、あ、り、が、と、う。
(世田谷区/H・A)
posted by 1039 at 10:02| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●働く人へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月23日

やさしい息子にありがとう

 小学3年生になる長男は、性格がやさしく、同級生からちょっかいを出されることがたびたびありました。そんな息子を見るにつれ、もっと強くしないとダメだとの思いから、一緒に空手を習い始めたり、時には学校の先生に言いに行ったりもしました。しかし、四六時中親が見守るわけにもいきません。結局、息子自身にもっとしっかり強くなってもらわなくてはと思うようになりました。
 ある日の放課後、息子が同級生のA君を連れて来て、こう聞きました。
「お母さん、ちょっと遅いけど、少しだけA君を家に入れてあげていいかな?」
「何かあったの?」
と妻が聞くと
「A君がガキ大将のM君に仲間外れにされいて、かわいそうだったから連れてきた。」
と言いました。
 A君が帰ると、実はM君が来るまで、息子はA君に仲間外れにされており、自分だけお菓子をもらえなかったりと、何かと意地悪をされていたと言うのです。
「A君がM君に仲間外れにされたのを見て、罰があたったって思わなかったの?」
と聞くと息子は
「すこし思ったけど、でもそれ以上にかわいそうだった。」
と答えました。すこしお人よしすぎるのではと親としては心配しましたが、その日を境に、A君は息子の事をいじめなくなりました。そればかりか息子がいじめられていると声を掛け、先生を呼びに行ってくれるようになったというのです。
 思い起こせば、息子には何かあるとすぐに助けに来てくれる友達がいます。それは日頃からの息子の友達への触れ合い方にあったのだと気付かされました。弱々しく思えた息子がとても強く、たくましく感じ、今まで自分の見方でしか息子を判断していなかったと反省しました。息子は弱くなんかなく、強くてやさしい、思いやりのある子に育っていました。
 子供が生まれて親になるのではなく、子供を通して親に成長させて頂いているのだと思います。
 我が息子よ、がんばったね。ありがとう。
(台東区/Y・O)
posted by 1039 at 21:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●息子、娘に…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月20日

夕日

056夕日.jpg


 太陽の沈む時間が日に日に早くなってきたことに、

 
 あと一ヶ月で冬至の日がやってくる。


 澄み渡った大空が透けて見えるような夕日が沈む光景は、


 美しくもあり、寂しくも感じる。


 たなびく雲に遮られても眩しさは燃える想いを誇示するようで、


 その存在感は目に焼き付いて離れない。
posted by 1039 at 17:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 携帯 De ショット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月16日

秋日和よ、ありがとう


 長かった夏が去り、待ちかねた秋の到来である。
 昨日は、夕刻より降り出した雨が、夜半になると風を伴って強まり、ヒュー、ヒューと下手な、笛を吹くような音をあげ、雨は激しく屋根を叩いた。
 寝付かれぬままに朝を迎え、寝ぼけ眼で、裏庭の戸を開けると、心地よい冷気が部屋いっぱいに、金木犀の甘い香りを運んできた。
 見上げる空は、昨日とは打って変わり、快晴である。天高く澄みわたっているこの様を、「秋高し」と言うのだろう。
 つい先日まで、酷暑が続いていたために、暫く取りやめていた公園散策の再開を決めた。
 眩しいばかりの、秋日和と言うのに、家に閉じこもるのは、野暮というものである。
 昼食後、久しぶりに公園に出向くと、薄茶色に褪せてひからびた、プラタナスや欅などの、落葉が絨毯のように、一面に敷きつめられ、踏みしめる足元からは、カサコソと落葉が、語りかけてくる。
 昨夜の強風で、落葉ばかりでなく、大小の枯れ枝があちこちに、落ちている。
 枝としての役目を終え、朽ち果てた時点で、強風の力を借りて、排除されているのだ。
 自然淘汰の妙には、感じ入るばかりである。だが何処となく、わが身に、重なる思いがよぎる、今日この頃である。
 なにはともあれ、引きこもりがちの老体を、外へ連れ出す、機会を与えてくれた「秋日和」よ、あ、り、が、と、う。
(世田谷区/H・A)
posted by 1039 at 10:52| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●自然に…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月13日

母ちゃんありがとう

 先日、母の所に行ってきました。98才になる母は、元気に迎えてくれました。
 私の生まれ里は、栃木、福島、茨城の県境にあります。昨年は3月11日から1ヶ月間停電がありましたが、庭で薪を燃やし、畑のものを前の川で洗い、井戸水も大事に使っていたので(今でも井戸水は使っている)、何も困ることはなかったと母は言いました。
 福島県と茨城県境に八溝山という高い山があります。
「福島県からの放射能は八溝山が守ってくれた。」
と母は話してくれました。
 私の故郷、大子町は小さな町でした(今は合併して大きくなった)。町の周りには里山があり、町中を川が流れ、川沿いに田畑が連なっています。私は学生時代、この里山や連なる畑や田んぼがいやでした。
「東京のおばちゃんの家は水道から水が出とる!すごい!!」
 私は父に何度も何度も頼み、東京の大学病院の事務員として上京したのです。52年も前のことです。私は今年で72才になりました。若い頃好きでなかった里山や川や田畑が今は懐かしく、愛しく思えます。
 母は四季折々の楽しみを丁寧に見つけて、私に話してくれます。帰る日は車が見えなくなるまで手を振ってくれます。
 母ちゃんありがとう。またお正月に行くからね。
(桶川市/M・K)
posted by 1039 at 09:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●父さん、母さんへ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月08日

見守ってくれてありがとう

 家の中はいつも賑やかで大騒ぎ。長女小三、次女小一、長男四才。
 私は家事、育児、仕事(看護師)と忙しい毎日の中で子供たちを怒ってしまったり、主人と喧嘩をしてしまったり、なかなか心を穏やかに生活することができなくて、落ち込んでいました。
 そんな時、知り合いの方にものの見方を変えることを教わりました。怒ったり、喧嘩してしまうことがダメなことではなく、イライラしてしまう心の奥底には、仲良くしたい、温かい家庭にしたいという気持ちがあることを教わり、心が軽くなりました。
 このことを母に話すと、疲れている私を気遣い、父と母は一週間子供たちを福島の田舎に連れて行ってくれました。子供たちがいないのでゆっくり休めるかと思いましたが、静かすぎて落ち着きません。賑やかで子供たちが元気に走り回って大声が飛び交う…これが一番幸せなのだと気付きました。来年の二月には四人目が生まれます。
 いつも陰になり日向になり、私を励ましてくれる、お父さん、お母さん、ありがとう。これからもお世話になります。よろしくね。
(川崎市/K・T)
posted by 1039 at 17:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●家族に…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月05日

古希の旅にありがとう

 長野の中学時代の同級生男女16人で北海道へ古希の記念旅行に出かけました。私は久しぶりの参加だったので、10年ぶりの人、学校ではほとんど話したことのない人もいましたが、年は重ねてもどこかに幼顔が見え、懐かしい友との再会でした。
 天気予報では三日とも雨。「この雨は○○のせいだぞ」とワイワイ言いながら函館入りし、夜景を見るころには小雨となり、翌日からは晴天に恵まれました。
 美しい景色と美味しい食事をいただきながら旧交を温める道中、それぞれの七十年の歴史が見えてきました。良き祖父祖母あり、現役の人あり、連れ合いが亡くなり一人生活の人、長年住みなれた土地を離れ子供の近くに行った人、子供の悩み等それぞれ課題を抱えながら精一杯頑張っている尊い姿でした。
 笑ったり、励ましあったり、慰めあったりしながら、まだまだこれからも明日へ向かうエネルギーを頂いた旅となりました。七十年間、家族、多くの人に支えて頂き歩んでこれたお陰様に感謝です。ありがとうございました。
(横浜市/Y・K)
posted by 1039 at 10:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●お友達に…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする