2011年03月24日

●野球の神様にありがとう

 先日赤坂サカスで行われた2010年プロ野球コンベンションに行ってきました。

 当日は父(豊田泰光)がプレゼンターをつとめさせていただくので父母と私三人でおめかしをして会場にむかいました。

 母は久しぶりの父の晴れ舞台を見るための外出に喜んでいました。いざ会場についたものの赤坂サカスはとても広く、 どこへ行けばいいのかわかりません。関係者駐車場に車を止め、寒空のした高齢の両親につらい思いをさせるわけにも行かず、私は困っていました。

 すると後ろから「豊田さん!」と声をかけて下さる方がいました。「野球博物館の者です。ご案内します。」野球殿堂の職員の方でした。「こちらへどうぞ。」と我々を暖かい部屋へ案内してくださいました。

 待合室では食事と飲み物でもてなしてくださいました。待合室に続々と集まって来られる往年の選手の方々。

 日本人初の大リーガーの村上雅則さん、父のチームメートの中西太さん、張本 勲さん、山本浩二さん、阪神の監督だった吉田義男さん、フォークの神様の杉下茂さん、広島の監督だった古葉毅さん巨人軍の土井正三さん…。

 私は野球殿堂の神様達に囲まれとても幸せでした。

 父は「これが僕の妻と息子だ。」とみなさんに紹介してくださいました。
 「おお、おまえが小さいころおやじさんが球場に連れてきていた。あったことあるぞ。大きくなったなあ。」と神様達に声をかけていただく度に50才の私は恥ずかしさと感動で涙があふれそうになりました。

 中西太さんがぼぞぼそと「おれはね去年大手術してね。のどを切ったんだ。だから医者に酒を止められた。楽しみが無いよ。おまえの親父は今だに酒が飲めてうらやましいよ。

 これからは親父を支えていつまでも元気でいられるように両親に親孝行しろよ。」と言って頂いた言葉がありがたくてたまりません。ありがとうございました。

 そしてプレゼンターとして若い選手達に表彰状を手渡す父を誇りに思います。

 懇談の席では、神様達の男世界の裏話など、誌面に書けない内容の話に花が咲きとても楽しい時間をすごさせていただきました。神様達も昔は煩悩に生きていたんですね。ありがとうございました。


(ありがとう不動産 豊田泰由)


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posted by 1039 at 18:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●スポーツに…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月23日

●猫のサムちゃんありがとう

 15年以上も前、サムは我が家のガレージにやってきました。どこかのお宅の飼い猫だったようですが、飼い主は引っ越してしまって捨てられたようです。

 おなかがすいているようなので我が家の飼い猫(家猫)の餌をあたえるとおいしそうに食べて、それ以来サムはガレージに住み着きました。

 自由きままなサムちゃんは我が家の飼い猫のランちゃんとは対照的で、ランはうらやましそうに窓からサムを見ていました。

 サムは外出して居ることも多いのですが、たまに帰って来ると、鳥を捕まえて得意そうにくわえてほめてもらいたいようにゴロゴロと体をすり寄せてきます。私は思わず悲鳴をあげたものです。たまに喧嘩をして傷を作って帰ってくる事もありました。

 その度に治療をしてあげたり・・・。手のかかる我が子同然の存在だったのです。

 とても明るい性格で甘えるのも上手。そして決して家の中には入ってこようとはしませんでした。

 私は寒い冬には小屋にヒーターを用意して、門扉にはサム用に出入りできるドアもつけてあげました。そんなサムが昨年夏ぐらいから食欲もなくなり、ぐったりする事が多くなりました。

 病院の先生はサムは20歳ぐらいで人間にすると80歳は優に超えた老人なので老化ですねと診断してくださいました。

 それ以来、毎朝近所のおねえさんにお願いして病院にサムを連れて行ってもらい点滴を受けさせるのが日課となっていました。

 しかし、介護の甲斐も無く、サムは日に日に弱って・・・。先日亡くなってしまいました。病院で息を引き取る際に先生が、「サムちゃんは幸せでしたね。ふつうならばとっくに亡くなっていましたよ。みなさんに親切にしてもらって幸せだったと思っていますよ。」と言ってくださいました。

 今でもサムがガレージで餌をねだる声がするような気がします。

 私たち夫婦をいやしてくれてありがとう。そしてサムに係わってくださった先生、そして、毎朝通院してサムを病院に連れて行って下さった近所のおねえさんありがとう。
(渋谷区/M・T)


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posted by 1039 at 22:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●我が家のペットに…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●化粧品売り場の方にありがとう

 先日、高齢の母とデパートに商品券を買いに行きました。

 帰り際に母が「化粧品がもう無い。買おうかなあ・・。」と言うので化粧品売り場に寄ったのですが、男の私にはどの商品が母に合うのかがさっぱりわかりません。

 困っている私を見かねて、店員の方が近寄ってきてくれました。

 親切に母に説明してくださり、さらに使用する化粧品の順番や特徴をシールに書いて化粧瓶に張って下さりました。

 おかげさまで母はそれから元気になって毎朝お化粧をするようになりました。

 丁寧な接客を、そして母に元気をくださりありがとうございます。
(目黒区/K・R)




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posted by 1039 at 22:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●働く人へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●迅速な対応にありがとう

  先日、京都へ行ってきました。

 月曜からの仕事に備え、日曜日の昼過ぎに京都を出て夕方には自宅へ帰ろうと新幹線に乗りました。

 みどりの窓口で指定席券を買った時に係員の方から「ただいま静岡で人身事故があり一時停車する可能性があります。」と言われました。

 予約した列車の出発時刻が迫りホームへ上るとアナウンスが・・・
「三島駅で発生した事故の影響により次の列車はホームにて発車見合わせを行います。」

 一本後ろの列車を予約していたらホームで立って待つことになっていた様です。少しイライラしながら待っていると、結局、35分遅れでの発車となりました。

 ふと、考えてみました。

 人身事故の後にはケガ人の搬送や、現場検証、それに混乱した列車ダイヤの調整等々・・・やらなければならないことが山のように発生していたはずです。

 35分遅れで運転が再開することは実はものすごいことだと気がつきました。

 JR職員の方々をはじめ消防や警察の方々等々、関係者全員の的確な仕事ぶりを感じるとともに感謝の気持ちがわいてきました。

 仕事振りに思いをはせずイライラしていたことを反省し、関係者の皆様にありがとうと言いたいです。


(横浜市/M・K)


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posted by 1039 at 22:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●働く人へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

●税理士法人西川会計様  春日部市蛭田中央自治会(570名)様

●税理士法人西川会計様
 春日部市蛭田中央自治会(570名)様
                                    本当にありがとう



 まだ、ながーい悪夢から覚めやらぬ状況を、現実に置き換えなければと、必死にわが身に寝返りを打っている。

 そう、災難状況はさまざま、どの状況がひどい、どの地域がひどいとは、一言で言い尽くせない。命があるだけ運がよかったと思うほかない。


 私の故郷は、福島第一原子力発電所近隣で3q圏内に住居がある。

 三月十一日の大地震後余震は頻繁にくるが、少し落ち着きを払っているところに、午後十一時頃放送があり、原発の水位が下がっている、大丈夫ですが安全のため3q圏内はただちに中学校の体育館に避難するようにと指示があった。

 翌朝方午前八時頃、状況が悪化したのか、20q離れた避難所へ移動を余儀なくされた。

 2〜3日で帰宅できるものと安心していた。というのは、原子力発電所は安全というシナリオを子供のころから原発のショールームに見学、模型にて説明され地元の人は疑う事など一切なかった。

 この移動した日から今日のこの日まで、このような状況になることは、誰もが想定外。

 一週間後には何とかなるだろうと、祈っていたが無残にも祈りは届かなかった。

 だんだん状況は改善されるどころか、悪化するばかり、兄妹を何とか埼玉県にと思っていたところ、税理士法人西川会計事務所会長、所長、副所長から豊春の倉庫とおっしゃっていただいた一軒家を快くお借りすることが出来ました。

 いえ、倉庫とおっしゃっても立派な一軒家で3家族、85歳のおばあちゃん、5歳の子供を含む畳の上での生活が出来るようになりました。本当に有難く、感謝しております。

 お風呂も追いだきができ、疲れた心と体をゆっくり温めていただくことが出来ました。本当に感謝の一言だけでは言い尽くせません。

 また、いつまで滞在するか不透明、下蛭田の地元でのルールもあるので、早速近所へ挨拶に行こうとしていた矢先、近所の永田様の方から、近隣ゴミ出しルールの資料をいただき、丁寧に説明していただき、困った時何でも相談して下さいと優しく声をかけてくださいました。

 まるで、自分の家族のように。
 涙が止まりませんでした。

 それから、約一週間後の三月二六日に突然、春日部市下蛭田中央自治会の方4名様(副会長岡部登様・総務部長細井隆治様・総務副部長小林秀男様・永田幸太郎様)がいらしていただき、見舞金をいただきました。

 中には「私たち自治会からのほんの少しの気持ちでやったことなのでまったく気にしないでください。皆様もそう言っていました」と、
メッセージがあり、気遣いをしないようにとの配慮、暖かい心のメッセージでした。

  近所の自治会長永田様が私たちのことを中央自治会に紹介していただいた温かい行為だと思います。

 下蛭田中央自治会の皆様、永田様本当ありがとうございます。

 他にも近所の方から雨が降っていた時傘をいただいたり、
今、出回ってないからとマスク・ティッシュ・トイレットペーパー・野菜など、
ある方は家族が多いからと、娘が置いて行ったという、洗濯機を貸していただきました。

 ご厚意を無駄にしないように使わせていただくことにしました。

 川に垂れ流ししないよう、パイプでつなぎ下水を調べて排水するようにしました。

 今まで約20分歩いて行っていたコインランドリーでしたが、大変助かりました。

 団体避難民から外れている私たちを暖かく迎え入れていただいてる下蛭田地域の方々、本当に感謝しております。

 長丁場になるかと思われますが、
地域に少しでも溶け込めるよう私たち皆で頑張り、努力いたしますので今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 この感謝の気持ちは一生忘れません。

 本当にありがとうございました。

(福島県双葉郡大熊町/吉岡和男)

posted by 1039 at 18:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ●街で出会った人に…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

●物資やガソリンにありがとう

 東北地方太平洋沖地震以来、スーパーなどではトイレットペーパーや食料が売り切れ続出。
 米屋の在庫は売り切れ。

ガソリンスタンドには長蛇の車列。
 
2時間待ちの車列にエンジンを切って並びながら出際よく車をさばくスタンドの社員の方をみながら
我々が無事でいられる事のありがたさ、そしていままで何不自由無く消費していたものへのありがたさをしみじみと感じました。
ありがとう。
 
震災と津波でなくなられた方々へ心よりお悔やみを申し上げます。
 
ちなみに福島の海岸沿いの叔父に連絡がつきません。原発のすぐそばですが心配です。

(横浜市/T・Y)



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posted by 1039 at 10:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●働く人へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月14日

●同郷の先輩にありがとう

 父からこんな楽しい話を聞きました。

 どんなにすごい選手でもチャンスの劇的場面に自分の打席が回ってくると緊張と興奮で失禁しそうになるぐらいで震えが来るそうです。

 ある近鉄対西鉄の一戦でそんなチャンスに父に打順がまわってきたそうです。バッターボックスに入った父はバットを構えたものの手がぶるぶる震えていたそうです。

 そんなバッターの姿を 決してみのがすはずはなく、あの野村克也さんなどはヤジの天才で一言かけられるとたいていの新人はひとたまりもなく潰されてしまったそうです。

 その日のキャッチャーはあの名監督でダイエーのマネージャーだった根本陸夫さんでした。

 根本さんは父と同郷で先輩でありながらも敵チームのキャッチャーであることには間違いありませんでした。

 震える私の指先をチラッと見て根本さんは言いました。
「おい、おまえ母ちゃんに手紙かいてっけ?」その途端父の指の震えは止まり、結果センター前にヒットを放ちそれが決勝打になったそうです。
 「本来ならば馬鹿にされたと怒ってボロボロになるんだろうけど。俺にとっては優しい言葉でね。ふるさとの景色が見えたよ。そうしたら妙に落ち着いて穏やかになった。」

 「その当時はね、ふんやったぞ思い知ったかって思ってたんだけどね。

 最近ではそれは根本さんの同郷同士の思いやりだったんじゃないかなって思う。」

 「物事のとらえ方次第で結果が変わるんだよ。根本さんありがとう。」


(ありがとう不動産 豊田泰由)

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posted by 1039 at 10:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●先輩、後輩、同僚へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月10日

●貧乏だった少年時代にありがとう

●貧乏だった少年時代にありがとう

 私の家は昔からとにかく貧乏でした。父子家庭で4人兄弟の2番目だった私は、新しいものを買ってもらえた覚えがありません。

 風邪をひいても骨折の疑いがあっても病院には殆ど行かせてもらえませんでした。

 食事は大体がご飯と鰯と漬物。
高校進学も私立を受けないようにするために、安全圏内の学校にし、大学には奨学金で卒業しました。社会人になるまで、とにかく大変でした。

 しかし、その様な過酷な環境で鍛えられてきたからか、大きな病気や怪我になることなく健康に過ごせています。料理はじめ家事全般も一通りこなせます。

 普通の所得で欲が多く出てくることなく、当たり前の幸せが非常に尊いものだと30歳を前にして思えるのは、あの貧乏時代があったからかもしれません。

 私を強くしてくれた極貧時代よ。どうもありがとう。


(奈良県/K・S)



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2011年03月05日

●先生の勇気にありがとう

●先生の勇気にありがとう


 去年の夏、還暦の主人が緑内障になりました。

 偶然、かなり早い段階で発見できたので、すぐに手術をし、大きな悪化がなく済みました。

 手術の為に、専門の名医と呼ばれる眼下に行きましたが、先生から聞いた言葉は意外なものでした。「私よりも素晴らしい先生をすぐに紹介します。」と言われたのです。

 その一週間後、紹介された病院で無事手術が終わり、主人も再び元気に過ごしています。

 私は執刀して下さった先生には勿論ですが、既に専門分野で著名であるにも関わらず、自分を誇示せずに、患者のことを最優先に考え、他の病院に紹介した先生にも本当にお礼を申し上げたいです。

 自分よりも他人の凄さを認められる勇気は、誰にでもあるものではないと思っています。

 主人を助けて下さり本当にありがとうございます。

(鎌倉市/A・C)


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2011年03月01日

●若者のやさしさにありがとう

●若者のやさしさにありがとう

 先週の仕事帰りのことです。

 いつもの様に電車に乗っていると、若い男女3人組が乗ってきました。

 金髪、ピアス、濃い化粧、落ち着きのない格好、しかも偶然向い側の席。見ているだけで注意したくなりました。

 しかし、そんな印象を変化させる出来事がありました。

 途中の駅で、妊婦さん、子供、年配の老人が乗ってきた時に彼らは真っ先に「席に座って下さい」と優しい言葉をかけて譲ったのです。

 身なりだけしっかりした様に見せているだけの大人よりもよっぽど素晴らしいのではないかと思うと同時に、最初に見た印象だけで人を判断しようとした自分が恥ずかしく思えました。

 私も決して若くはありませんが、若い考え方を取り入れる気持ちを持ち続けようと思います。それを気づかせてくれた若者達にありがとう。

(川崎市/H・T)



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posted by 1039 at 10:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●街で出会った人に…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする