2010年06月30日

●Iくん「包丁」をもらってくれてありがとう

 

 先日、福島に引っ越したI君から電話をもらいました。2人目の子が出来た報告と、近況を知らせてくれました。
 当初アルバイトで飲食店に勤めていたそうですが、努力が認められ、正社員に迎えられ日本料理の部署に配属されたそうです。
 
 実はI君はお父さんと折り合いが悪く、コメディアンを目指して上京したのです。芸の道を極めたいというものの奥さんと子供を養わなければならず、夜中にお弁当屋さんでアルバイトをしながらオーディションを受ける日々・・・・。

 年は親子程離れているものの彼を通して私は昔の自分を見ているような気がしてなりませんでした。家業を継いで板前だった私。
 修行先の親方から頂いた柳刃包丁。親との確執があった私は家業をやめ今では全く別の人生を歩んで居ます。
 年とともに両親との確執も解け普通の関係になったものの、押し入れにしまわれた親方から頂いた柳刃をみる度、私の心は苦しくなったものです。

 I君は私を慕ってくれて毎日私に相談に来ました。友人のテレビ局のディレクターを紹介し、彼の前で芸を演じて意見を聞いたり。板前時代の話を聞かせてあげたり。
 人生の先輩として生き方や経験談を話して聞かせてあげました。
 そして彼は何かを気づき福島に帰って行きました。それから約一年がたったのです。
I君:「Tさんのおかげで気づかせていただきました。ありがとうございます。今新しい職場に向かっているところなのですが、お礼が言いたくて電話しました。」
T:「日本料理なら包丁が必要だね。僕の包丁をもらってくれない?」

 I君は僕の包丁をもらってくれる事になりました。お礼なんていらないよ。
 それは僕にとってもありがたい事なんだから。もらってくれてありがとう。
 さようなら包丁くん。新しいご主人に大事に使ってもらってください。
               (横浜市/Y・T)

 
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2010年06月27日

●Yさんありがとう

 

 先日仕事のセミナーに参加してYさんやお仲間の方々と会場の近くのホテルでお茶をして帰りました。
 Yさんには前々から珍しい紅茶を買ってきてほしいと頼まれていたのでそれを渡して帰路につきました。電車のなかで耳をさわるとお気に入りの大切なパールのピアスがありません。
 ホテルに電話して近所や通った道、家の中も探しました。みつかりません・・・。
なかばそのことも忘れてあきらめていたある日、Yさんからメールがきました。
 「今お客様がみえたので頂いた紅茶を飲もうとしたら袋の中からピアスが出て来たけどTさんのじゃない?」
 Yさんありがとう。おかげさまで今日一日とてもいい日になりました。
          (渋谷区/Y・T)

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2010年06月18日

●元気な息子にありがとう

●元気な息子にありがとう

 タンスの中で吊り下がっている二着のスーツ。
 息子が一度も袖を通すことなく、一年半が過ぎました。
 社会人としてのスタートを楽しみにして迎えた大学の卒業式、その日に内定取り消しの知らせを受けた息子は、どれほどの悲しみ、辛さを味わったことでしょう。
 早く正社員として就職をしてほしいと望む私たち夫婦との葛藤もありました。 そして、私たち夫婦は、何も言わずに息子を見守るようになりました。
 今、息子は毎日アルバイトに通っています。家に引きこもることも、暴力を振るうこともなく、元気で日々を送ってくれている。
 それだけでも「ありがとう」の気持ちが持てるようになりました。
 二着のスーツを、息子はどんな気持ちで見ていたのでしょう? 
 そしてスーツたちも、息子を見守ってくれているように思っている私です。
        (東京都/ひろちゃん)

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2010年06月12日

●助けてくれてありがとう

●助けてくれてありがとう

私は今年81才になりました。
 家業をたたみ豊かな老後を過ごそうとしていた矢先の先月脳梗塞で倒れました。
 70代の頃から脳梗塞で倒れ今回で3度目でした。前々から医者に
 「次回発作を起こしたら命は亡いですよ」と言われていたので今回ばかりは
「お迎えがきた。」と半ばあきらめかけたものです。
 しかし倒れた私を妻と親類が病院に運んでくれ大事に至らずにすみました。 医者に「今回も対応が早かったから助かりましたね。奥さんに感謝しないとね」
と言われました。
 いつも強気でやんちゃな私ですが、今回ばかりは生かされていると感じました。
もうくよくよ考えるのはやめよう。
 東京に居をかまえ孫と住んでいる息子夫婦もあと数年で定年でリタイアする事だし・・・。あと10年ぐらいがんばって生きてみようかな。
         (いわき市/M・T)

posted by 1039 at 13:02| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ●お友達に…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●足を怪我したことにありがとう

●足を怪我したことにありがとう
 
 60代の主婦です。自営で自動車部品の工場を経営しています。長男が主人の後を継ぎ次男がそれを補佐して手伝ってくれていました。
 ところが次男は精神的にまいって体調を崩してしまいました。
 次男は勤務先の居宅を引き払って私たちの居宅に戻ってきました。
 ところが私もなにかと忙しく話し合う時間を作ることができませんでした。
 先日ふとしたことから足を骨折してしまいました。
 家から出ることができなくなりました。「まいったなあ。ついてないわ。」と思ったものです。
 ところが、家から出られない反面、息子と色々な会話をすることができました。
 昔からの思い。兄との関係。そして私たち親子の関係。寂しかった事。
 「この子私たちの知らないところで悩んでいたのね。」

 怪我をして動けない時間は神様がくださった親子の時間だったのかもしれません。
ありがとう。
      (世田谷区下馬/M・M)

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2010年06月08日

●支えてくれてありがとう

●支えてくれてありがとう


 先日、仕事でいわき市に行く機会がありました。
 父の実家のある四ツ倉町の本家を40年ぶりに訪ねました。
 父の本家は「海気館」という旅館を代々経営しております。
 近年では叔父も高齢で廃業してしまいましたが、昔ながらの看板や柱、階段の部材をそのままに新築されたお宅は昔の面影を残しており、懐かしかったです。
 祖父や親族の方々のお話を本家のおじいさんから伺いました。
 そのことを父に話すと昔の思い出を語ってくれました。
父の叔父さんで戦前のロサンジェルスオリンピックに出場した豊田清という方がいたそうです。
 その方は一族の希望であったそうで小学生の父のあこがれの的だったそうです。
 本家の壁には清叔父さんのレスリングウエアの写真とトロフィーが飾ってあったそうです。
 ところが不幸にもその頃、中国で戦争が始まり、叔父さんは徴兵されて戦地に向かいました。そして、足に被弾して切断してしまいました。
 帰国して療養したのですが甲斐もなく帰らぬ人となったそうです。
 幼い父は祖父と共に日立の病院をお見舞いに行った記憶があるそうです。
 叔父さん亡き後、一族は大変悲しみました。
 その頃、祖父が経営していた工務店が負債を抱え倒産してしまったそうです。
 父の一家は貧乏のどん底で4人の兄弟を抱えて食べるのがやっとの生活だったそうです。
 しかし、疎開先の大子町で小学校高学年になった父は野球で頭角を現し大人に混じってオール大子のメンバーとして野球をしていたそうです。それを知った本家の方々や一族の方々は大変喜んだそうです。
 「清亡きあと泰光を応援しよう。清の精神を泰光が継いでいる。」戦後の食料難の時期一族の方に支えられ、食べ物やお金の援助をしていただいたそうです。
「俺はね、自分の実力だけでプロの選手になった訳ではない。色々な人に支えられたから野球ができた。そして亡くなった清叔父さんも見守ってくれたような気がする。」と語り父は優しい笑顔をしていました。
    (ありがとう不動産 豊田泰由)

2010年06月06日

●ありがとうと言える人が傍にいてくれてありがとう

●ありがとうと言える人が傍にいてくれてありがとう


 主人が一昨年亡くなりました。
 生前主人は色々な事を教えてくれました。主人の言った言葉を忘れずに生きています。
 でも…。今はありがとうと言おうにも主人はもうおりません。
 義理の母は今年90才になります。
 我々家族の光となって一族をまとめてくれます。義母さんありがとうございます。
 「ありがとう」といえる人が居る事自体がありがたい事なのだと感じます。
      (目黒区五本木/E・M)

posted by 1039 at 12:58| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ●夫へ…妻へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

●妻にありがとう

●妻にありがとう


 私は個人タクシーの運転手をしています。今年で73才になりました。
 先日無事故25年の表彰をしていただきました。羽毛布団をいただきました。
 今年で40年運転させていただいています。
 夜勤で昼と夜が逆さまの私の生活を妻が支えてくれました。
 妻だって仕事をしているのに家事に子育てに大変だっただろうと思います。
 あと1,2年で仕事を引退しようと考えています。
 年とともに集中力に欠け事故でもおこしてはお客様に申し訳が無いと思います。
そこで私は暇な時間に料理教室に通っています。
 引退したら私が家事をしておいしい料理を妻に食べさせたいと思います。
 ありがとう。
         (三鷹市/H・I)

posted by 1039 at 12:57| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ●夫へ…妻へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

●出会いにありがとう

●出会いにありがとう

 1リーグ時代からプロ野球を愛し続けている私です。
 去る5月15日に夢のような出会いを体験させていただきました。
 2リーグになって5年目の昭和28年に西鉄球団に水戸商高から大型新人が入団。
 豊田泰光内野手でした。様々な意味で型破りな新人。その後の大活躍は皆様のご記憶の中に印象付けられておいででしょう。現在はバットをペンに持ち替えてご活躍です。
 私の夢のような出会いとは、5月15日に埼玉県川口東ロータリークラブ主宰の市民講座で豊田泰光氏がご講演なさるのを耳にして、どうしても伺いたくなり、主催者にお願いして参加させていただきました。
 当日は、当時のメンバー表や野球雑誌を抱えて行き、50年以上前の懐かしきお話を夢心地で伺いました。
 今後の益々のご活躍を願うと同時に、この出会いに、ありがとうを言わずにはいられません。
心からの感謝を込めて《ありがとう!》
         (川崎市/A・M)

posted by 1039 at 12:55| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ●見知らぬ方へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

●主人にありがとう

●主人にありがとう


 私はなかなか素直になれず、主人にありがとうという言葉を言えません。心では感謝しているのに面と向かうと嫌みや小言を言ってしまいます。
 ところが先日ふとした動きでぎっくり腰になってしまいました。全く動く事ができません。家で寝ている私は主人や家族にものを頼まなくてはならず・・・・。色々としてもらう度に「ありがとう・・・」「ありがとう」主人にもありがとうと言えるようになりました。主人は「いいよ。気にするな」と言ってくれます。
 腰が治っても「ありがとう」と言える私でいますね。
          (目黒区/N・K)

posted by 1039 at 12:54| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ●夫へ…妻へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする