2009年10月31日

◆道を教えてくれた若者にありがとう

◆道を教えてくれた若者にありがとう

 先日、主人と二人で老後の第二の住まいを見にゆきました。
 田園風景の広がるローカルな単線に乗って千葉駅につきました。千葉駅で下車して町を探索してみることにいたしました。
 久しぶりの千葉駅周辺は新しい建物が建ち並び私も主人もすっかり浦島太郎の心境で、繁華街を進むうちに我々は迷子になってしまいました。
 「とりあえず道を聞いてみよう!」と声をかけたのが、だらしなくズボンを下げてはいている今風のファッション・髪型の若者でした。
 私は「しまった。もっとちゃんとした人に聞けばよかった」と後悔しながらも「千葉駅の方角はどっちですか?」と聞きました。
 すると意外にも若者はとても礼儀正しく「はい僕もそちら方向にゆきますので、ご一緒しましょう。」と一緒に歩いてくれました。
 じつは私は先日、大病を患い、手術をうけたばかりでした。術後間もないのでゆっくりしかあるけない私に青年は歩調をあわせて歩いてくれます。
 駅までの道すがらお喋りしながら聞いてみると青年は、予備校に通う受験生でした。親に負担をかけられないので公立の大学を目指しているとのことでした。
 駅に着くと青年は「どちらまで帰られるのですか?」と聞きます。青年は津田沼まで帰るそうでした。「東京方面なら快速が速いですよ。僕も同じなのでご一緒しましょう。」と先導してくれます。
 車中楽しくお話させてもらいました。青年と別れたあとで主人と私は「人をみかけで判断してはいけないね。とてもよい子だったね。」と話し合いました。
 最近の若い者は・・・。とよく嘆いていましたが、「まだまだ日本のわかものも捨てたものじゃないね。ああいう青年がいるなら楽しみだね。」って主人と話ながら帰ってきました。
 親切にしてくださってありがとう。楽しいお話をありがとう。
 私たち夫婦はまだまだ人生を楽しませていただきます。千葉県が好きになりました。
            (目黒区中央町/T・N)




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2009年10月29日

◆●友人にありがとう

◆●友人にありがとう

 先日亡くなった父の49日法事のときにお坊さんが「お香典」の意味を教えてくださいました。
 お香典というのは法事の時には最高の高価なお香を焚いてくださいと元来お香を供えるそうです。
 現代では「お香を買ってください」とお金を差し上げるものだそうです。
 先日主人と喪中のお知らせを作って出しました。数日して同級生の友人から宅急便がとどきました。
 その友人の電話番号を知らなかったので父の葬儀の知らせを出すのを忘れていたのです。
 申し訳ない思いで包みをあけてみてびっくり。桐箱に高価なお香が入っています。
 心づかいがとてもうれしくて涙が出てきました。私は友人に恵まれて幸せです。ありがとう。父もきっとよろこんでいると思います。
 さっそく仏壇にお香をたかせていただきました。
         (横浜市/Y・T)


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2009年10月25日

◆ペットボトルにありがとう

◆ペットボトルにありがとう

 私は南太平洋にある小さな島に住んでいます。
 トモさんとユイト君(8歳)親子とロングビーチという白砂のビーチに遊びに行った日のこと。ユイト君と8人でビーチの奥まで歩いて行くと、あちこちに漂流ゴミが点々と落ちている。
 美しいビーチなのに漂流ゴミはいただけない。
 ユイト君が「ゴミのペットボトル、探してちょうだい。蓋付きのね。」と私に言った。
 うん、あるある、あちこちに落ちているけど、何のため?
ユイト君は「ビート板にするの。」
私「ビート板て何?」
「今教えてあげるから。」と言って適当な空のベットボトルを拾って海に入って行くと、そのペットボトルにつかまってバタ足で泳ぎ始めた。
「ほーら、これがビート板だよ〜!」とユイト君が自慢げに言った。
「あ、そうか〜!!思い出した。
 小学校のプールの時間にバタ足の練習に使ってたビート板だぁ!」
 空のペットボトルなら空気が入っているので、浮き輪の代わりにもなるんですね。
 そんなことをしてビーチで遊んだ4日後のこと、ニュースを見ていた私は「え、え〜〜っ!」とビックリした!
 タンカーから転落の男性無事 ペットボトルにつかまり漂流、救助!
 いや、ユイトくん!恐れいりました〜!君の教えてくれたことは人の命も救えることだったのね。
 おばちゃん、とっても勉強させてもらいましたよ。
 大切な命を救う事もできる、空のペットボトル。
 緊急の場合のヒントを教えてくれてありがとう!
 人の命を救ってくれたペットボトルにもありがとう!

(マリアナ諸島テニアン在住/michi  )

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2009年10月20日

●一家を包んでくれた家にありがとう

●一家を包んでくれた家にありがとう

 太平洋戦争のまっただ中の小学校6年の私は静岡の浜松に学童疎開していました。食べ物も無く、勉強などせずに畑仕事ばかりで腹をすかせていました。
 父母は東京で蕎麦屋をしていましたが、戦争が始まってからは営業出来ず、親戚を頼って恵比寿のアパートに住まわせてもらっていました。私は3人兄弟の末っ子で上には姉と兄がおりましたが、兄はすでに結核で亡くなっていました。
 ある日、父が疎開先に訪ねてきました。迎えにきてくれたのです。私は「やった!これでメシがいっぱい食えるぞ。」と喜び勇んで東京へ帰る事になりました。
 ところが、帰る車中、父が「驚くなよ。実は姉ちゃんが亡くなった。」私は唖然としました。大好きだった姉ちゃん。涙がぼろぼろとこぼれ落ちました。姉も結核で亡くなったそうです。
 東京に帰り親子三人で生活しようとしますが、貧乏生活からは抜け出せず、父が出身地の知人を頼って一家で現在の高坂パーキングエリアの近くに引っ越しました。繭小屋を一家の住み家として家族で野良仕事に精を出しました。つらかったけど今の私の体力はその頃の野良仕事に培われたものです。
 父は元来仕事に精を出すタイプの人間ではありませんでした。(父の生き方が反面教師となっているのも事実です。)父の踏ん張りが足りなかったので、我々一家三人は恥をしのんで別々に知人や親戚を頼って居候をすることになってしまいました。
 父は叔父を頼り、母も親戚をたよって行ってしまいました。私は住み込みでレコード店の店員となることになりました。昭和24年の事でした。
 家族3人が集まるのは唯一皆仕事が終わった夜中にラーメン屋に集まる時だけでした。その時私は誓いました。「絶対家族三人住めるようにする。自分が頑張らねば誰がやる。」それから私は馬車馬のごとく仕事に精を出しました。血液まで売りました。ようやく家族3人で住めるようになり都営住宅に引っ越しました。
 その後、結核を患いました。兄や姉を亡くした結核。しかし自暴自棄になった私をたしなめ、色々な方々に支えて頂き私は病気を克服することも出来ました。その後結婚をして、独立して事業も始め必死で働きました。様々な縁にも恵まれ、目黒に自宅を持つことが出来ました。母を100才で見送る事もできました。子供たちも巣立ち、孫も成人して私も今年77才になりました。私たち夫婦にとってこの家はとても思い入れがあるのです。
 我々の人生は波瀾万丈でした。
 しかし、ふと今振り返ると、色々な感謝の気持ちがわいてきます。私は様々な人に生かされてきたということ。体を丈夫に生んでくれた両親に感謝していると言うこと。両親や子供たちを送り出してくれたこの家に感謝しているということ。そして何より私や両親、子供たちをささえてくれた妻に感謝しています。今後我々は残りの人生を楽しもうと思います。ありがとう。
       (目黒区八雲/H・K)

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○奥様からの投稿です

 私は主人と結婚しましたが結婚式も満足にせず、狭い一間同然の都営住宅に親子夫婦4人が同居する形で新婚生活とは形式だけのものでした。姑は厳しい人で曲がった事がきらいで私は「はいはい」とお人形さんの様に従うしかなく、とても苦労しました。主人も貧乏はしていましたが、両親にしてみれば、上の兄姉を結核で亡くしているので大事な一人の息子であり「お坊ちゃま」なので、私は大変でした。
 しかしすべてにめげずに乗り越えて来られたのも私の父母、母亡き後、係わってくださった方々のおかげだと感謝しています。結婚したあとも色々ありましたが、今ふと主人とふりかえると我々の人生には無駄な事は無かったと感じています。子供達にも感謝しています。おとうさん。これからもよろしくお願いします。
       (目黒区八雲/K・K)

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2009年10月14日

●フットサルにありがとう


 ●フットサルにありがとう
 
 私は高校までサッカーをしていました。その後、大学に進み他のスポーツに移ったためサッカーを続けていたわけではありませんが、今でもボールを蹴るのが大好きです。
 学生から社会人になると、友人と大人数で集まる機会も稀になるためサッカーをする機会はもちろん、サッカーよりも少人数で行えるフットサルさえもなかなか人数が集まらず、ボールを蹴ることはなくなっていました。
 仕事にも慣れ始め、何かスポーツをしたいなぁと思いだしたころ、仕事で出会った人にフットサルに誘って頂きました。
 私は、スポーツをする機会、しかも自分の好きなフットサルができる機会を得てとてもうれしかったです。
 フットサルをすることで、初めて会った人とも自然と仲良くなりました。
 そして、スポーツで汗を流し、体に心地の良い疲れとともに何とも言えない爽快な気分になれました。
 仕事にも慣れ出した自分にとって、生活にメリハリを与えてくれたフットサル、そしてフットサルに誘っていただいた方にありがとうと言いたいです。
(鰍りがとう・不動産  木戸晶裕)
posted by 1039 at 15:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月13日

ひったくりの犯人に ありがとう

ひったくりの犯人に ありがとう
 
 引ったくり事件の被害者になってしまいました。とんでもない災難に出会ってしまったわけですが、でもそのことがあったお陰で四人の男性に守ってもらい、男の人に守られることがこんなにも心地良いことで幸せだということを生まれて始めて知ることができた出来事でした。
 その日、私は疲れ果てフラフラと夜道を歩いていました。背中は曲がり、肩はがっくりと落ちバックを握った手はブラブラ。こんなにも疲れているのにでも家に着いたらすぐに重要な電話をしなくてはと、そのことばかりに気を取られて歩いていました。そのとき、右手のバックがふわ〜と離れていって、それが何のことだか理解できませんでした。でもすぐに引ったくられたことに気がつき、「火事だ」って大声で叫んだのですが外に出てくる人もなく、一瞬だけ「恥をかかないで良かった・・。」とも思ったものです。
 でも冷静に考えてみれば家の鍵はないし、財布もない、携帯電話もない、家人もその夜は外出中で家に入ることも出来ないので交番に駆け込んだのです。
 四人のおまわりさんがすぐに駆けつけてくれ調書を取られました。まず何を取れたかを聞かれました。「バックの中には何が入っていたの?」「お財布と・・・」「財布の中には何が入っていたの?」「現金と鍵とカード」「どこのカード?キャッシング機能付ついているの?」「○○銀行のカードです」。すると一人のおまわりさんが直ぐに○○銀行に電話を入れてくださって話している先から
「ご安心ください、たった今口座を封鎖いたしましたから」と、もうあっというまに銀行の口座が封鎖され、携帯電話もあっという間に封鎖されてしまいました。
 家の鍵が無いといえば大家さんの家まで連れて行ってくださって、でもそこに鍵が無いということが分かれば管理会社に連絡して下さって。
「犯人がやったことは許せません。でもあなたに怪我がなかったことが喜びです」とおまわりさんから言われたとき、はじめて緊張の糸が緩みはらりと涙を流してしまいました。
 自分で言うのもおかしなものですが取られた悔しさより、おまわりさんに守られたことや温かな言葉をかけていただけた幸せの方が遥かに大きかったのです。男の方に守ってもらうって本当に心地良いものですね。
 世の中にこんなに幸せがあることを知った私はやっぱり女ですね。人生観が変わりました。
今回、痛い思いをして得たありがとう。 怪我一つ無くてついていました。ありがとう。おまわりさん、素敵な言葉をありがとう。 男の人に守られることがこんなにも心地良くて幸せだということを始めて知ることができて嬉しいです。ありがとう。銀行、携帯電話、カード会社等直ぐに封鎖してくださった関係者のみなさん、ありがとう。
 地域住民のために真面目で一生懸命なおまわりさんありがとう。 めったに出来ない貴重な体験ができてありがとう。 話のネタができありがとう。 悪い運を捨てることができありがとう。 魔の一瞬があることを肌身で知ることができありがとう。こんなにも、凄い気付きを得ることができたのも、引ったくりにあったから。犯人さんありがとう。
 皆様もお気をつけください。

 (横浜市ライフコンパス・ヨコハマ             高樹真知子)
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2009年10月11日

●生かしていただいてありがとう

●生かしていただいてありがとう

 私は早くに両親を亡くしてたった一人でがむしゃらに生きてきました。
 人生で2度の癌をわずらい闘病生活を経て健康でいられる今、ふと思うのは私は生かされているのだということです。
 すべての事柄と私に係わって下さった方々に心から感謝しています。
 たった一本の電話で不動産の相談でも無いのに来て頂き講演までして下さったT・Yさんにありがとう。
 お母さんに生まれてきてくれた娘にありがとう。
 私は今「ありがとう」に囲まれて生きています。

    (千代田区麹町 田中扶美子
posted by 1039 at 16:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月10日

●皆様ありがとうございます

●皆様ありがとう
       ございます


 先日、朝の勉強会で講話をさせていただきました。「ありがとうの話」と題して皆様からいただいたありがとう新聞のお話をご紹介させていただきましたところ、セミナーに参加された方々から多くの激励や感謝の言葉をいただきました。ありがたい気持ちでいっぱいです。これからもよろしくお願いいたします。
  (ありがとう・不動産 豊田泰幸)

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2009年10月06日

●いつも道をきれいに掃除して下さる方に ありがとう

●いつも道をきれいに掃除して下さる方に ありがとう


 私の家の近所でよく掃除をしてくれている方々がいます。町がいつもきれいでいつも感謝しています。その道を通る度に「おかげさま」という気持ちをいつも感じています。今朝いつものようにその道を通っていると置き去りにされたリュックがありました。
 貴重品が入っているようでした。
 交番に届けたあとで私は少しだけ自分が好きになりおかげさまに参加させてもらったようなさわやかな気持ちになりました。
        (江東区/T・K)

posted by 1039 at 16:30| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●見知らぬ方へ…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月04日

●花を植えて下さるかたにありがとう

●花を植えて下さるかたにありがとう

 私はあるお客様のお宅を訪問するのが楽しみなのです。お客様のお隣近所は道路収用されて空き地で本来であれば殺伐とした風景なのですが、フェンスに植えられた花々がとてもきれいで、季節が移ろうごとに植え換えられる花々がとてもきれいで楽しみなのです。どなたが植えてらっしゃるのか存じ上げませんが、いつも楽しませていただいております。ありがとうございます。
  (ありがとう・不動産 豊田泰幸)

posted by 1039 at 16:23| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ●街で出会った人に…ありがとう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする